戻 MZ-80K2E概要

 我が家に最初にやって来たパソコン、MZ-80K2Eの紹介です。

MZ-80K2Eってどんなマシン? (12 Jun 1998)
CPUとメモリー (17 Jul 1998)
ディスプレイとキーボード (03 Dec 1999)
外部記憶・他 (02 Feb 2001)

MZ-80K2Eってどんなマシン? ↑戻 ★
MZ-80K2E
MZ-80K2E

 MZ-80K2EはMZ-80K2の記念モデルです。MZシリーズ10万台(数はちょっとあやふや)突破記念モデルだったんじゃないかと思います。MZ-80K2と比べて何が変わったかというと、基本的には色が変わっただけです。あと、K2Eは右側のLEDが二色LED1灯ですが、K2は赤と緑の2灯表示だったような気がします。機能的にはあまり変わりません。K2Eでは黄色にできる、っていう技が使えますが(K2では赤・緑の同時(正確には交互)点灯になる)。

 あと、お値段がだいぶ違います。K2は当時の定価が\198,000でしたが、K2Eは\148,000です。「記念モデル」とは銘打ってますが、実際には様々な部品が安くなった結果の値下げに近いものがあったのでしょう。この値段は同機能の後継機、MZ-1200にも引き継がれていたと思います。確か、小学校6年の冬には家にあったはずですから、購入したのは1981年だと思います。17年も前かー。人生の半分以上をこいつと過ごしたことになるのね。

 MZの系譜は、MZ-80Kから始まります。これはちょっとした組立キットでした。キットといってもハンダ付けからやるんじゃなくて、コネクタを差し込んだり、ネジを締めたりする程度のものだったようです。色以外の外観はK2Eとほとんど変わりません。その後、MZ-80CやK2が出ましたが、これらは完成品です。K2はKとほとんどいっしょ、Cはキーボードが普通のキーボードです。

 じゃあ、K・K2・K2Eが普通じゃなかったのかと言われればその通りで、配列は一応QWERTYなんですが、写真を見れば分かる通り平安京のように並んでいたのです。ゲームには便利でした(ぉい)。

 その他にCはメモリーの実装量に差がありました。K2とK2Eは標準で32KBだったのですが、Cは最初から48KBのフル実装です(よって値段も高かった)。MZ-80活用研究とか読んでいると、どうもMZ-80K(つまり元祖)は「メモリー標準で0x5fffまで使えた」ようで、MZのRAMは0x1000から始まるので、標準で0x5000バイト、つまり20KBだったようです。

 外観上の特長としては「オールインワン」だと言うことが挙げられます。今日のデスクトップPCもそうですが、当時のたいていのパソコンも、少なくともモニターを調達しないと使えませんでした。電源を切るとメモリー上のプログラムは消えてしまうので、どこかに保存しておかないといけないのですが、そのためには外部記憶装置(当時、普通の人はカセットテレコや、それをコンピュータ向けにしたデータレコーダーと呼ばれるものを使っていた)を調達しなければなりませんでした。

 MZでは比較的長い間「オールインワン」という思想を貫いていて、最低限必要なものはとりあえず付いてくるようになっていました。そのために写真のような外観な訳です。ちなみに、重さは13Kgあります。ブラウン管が入ってますし、ボディーは鉄でしたし。

 当時のパソコン達はたいてい電源ONでROMに入っていたBASICが起動するようになっていたのですが、MZは「クリーンコンピュータ」という思想で、ROMには最低限のものしか置かない、という方針をとっていました。読み込ませるシステム(今で言うOSですね)を変えれば、BASICでもPASCALでもFORTRANでも走ってしまうという優れモノ(?)でしたが、その代わり、電源ONではほとんど何もできないという欠点もありました。しかもシステムの読み込みはテープからだし・・・。

 気になるスペックの方ですが、CPUはZ80 2MHz、メモリーは標準で32KB。32MBの間違いではありません。32768バイトです。今、バイト単位で書いて思ったんですが、少ないですね。書いててマジで間違えたかと思った。

 ハードディスクはありません。そのかわりと言っちゃなんですが、カセットテープがついています。当時はみんなカセットテープにプログラムを記録したもんです。記録速度は1200bpsでしたから、60分テープをフルに使って400KBくらい記録できる計算になります。その代わり読み込みに一時間待つことになりますが。フロッピーディスクは拡張機器として用意されていましたが、5インチ両面単密度(2S)の140KBでした。今の2HDの1/10ほどですが、もっと凄いのは値段です。一台15万円ほどしました。本体が買える・・・。

 ディスプレイは40文字×25行表示のモノクロです。多階調ではなく、白と黒だけです。当時はモノクロと言えばグリーンディスプレイが主流でしたが、K2Eは白黒でした。グラフィックはキャラクタによる疑似グラフィックで80×50ドットまで。

 ふとLibretto 20と比べてみると、キーボードは退化してますが、他は全部Libretto 20の圧勝ですね。今の技術でMZ-80K2Eを作り直したら・・・。それよか、Librettoでエミュレートした方が楽か。ちゃんちゃん。

CPUとメモリー ↑戻 ★
Z-80 CPU
基盤に直付けされたZ80CPU

 CPUは先に述べた通り、Z80です。Z80はザイログのCPUですが、シャープは多分ライセンスを受けていたのでしょう、互換品を作っていて、型名はLH0080となっています。ちゃんとパッケージ上に誇らしげに「Z80」の文字が入っています。写真じゃ薄くなっちゃっててよく見えませんけど。

 Z80CPUは無印・Z80A・Z80B・Z80Hなどがあって、無印がクロック最高2.5MHz、Aが4MHz、Bが6MHz、Hが8MHzでした。MZ-80K2Eが発売された時期には既にZ80A 4MHzが主流でしたが、MZ-80Kシリーズの掟(?)に則って、無印の2.5MHz品を2MHzで使っていました。

 ちなみに、MZ-80Kの流れを汲むマシンだと、MZ-1200までは2MHzで、その後のMZ-700/1500はZ80Aを3.579545MHzで使っています。この半端な周波数はカラーテレビのカラーサブキャリアです。MZ-80B系はZ80A 4MHzですが、MZ-2500はZ80B 6MHzじゃなかったかな? 当時結構話題になりましたが、現在のマシンから比べると1/50くらいですね。CZ(X1)の系列はよく分かんないです。

 バス幅はアドレスバスが16ビット、データバスが8ビットです。いわゆる、8ビットCPUという範疇に入ります。命令はオペランドまで入れて最大で4バイトでした。実はインテルの8080の命令セットを拡張した形になっていて、CB / DD / ED / FD で始まる命令が拡張されています。DD / FD で始まる命令はインデックスレジスタ(IX / IY)を操作する命令なんですが、この中に隠し命令があるというのは結構有名な話。

MZ-80K2Eメモリブロック
この面積で48KB。ソケットに刺さっている部分が自分で拡張した部分。
 メモリーは32KBが標準実装。当時の多くのマシンではROM BASICが下位16〜32KBを占めている事が多くて、RAM32KBというのは多い部類に入りました。マザーボード上にソケットが用意されていて、そこにD-RAM(4116)を8個挿して、ちょこちょこっとハンダ付けするとフル実装状態(48KB)になります。

 Z80のメモリー空間は64KBしかなく、下4KBはモニタROM、上12KBはビデオRAMや周辺I/O、FDD用のブートROM領域として予約されているため、Z80のメモリ空間にこれ以上メモリーを積むことはできません。64KBっていう上限は他のマシンでも同様なんですが、後から出てきたマシンは、I/O空間を巧妙(でもないけど)に使って、グラフィックRAMやバンクメモリー(RAMディスクみたいに使える)なんかを装備していました。

 で、写真を見れば分かりますが、たかが48KBにICを24個も使っていたりします。一つ当たり2KB=16Kbit。さすがにこれより後になると64KBで8個(一つ64KBit)とか64KBで2個(一つ256Kbit=4bit X 64KWord)とかになりますが、当時ではまあこんなもんでしょう。これよりはるか昔の話になるとD-RAMではなくてS-RAMで、タバコの箱の大きさでで2KBの小型・大容量! といった広告や、それより前になるとコアメモリ(!)になっちゃいますが、ここまで来るとパソコンじゃないですね。

 今に比べるとただでさえ遅いCPU・少ないメモリーでしたから、いかにして小さく、速いプログラムを作るかというのが当時の腕の見せ所だったわけです。ローテクなところでは命令を速いものに置き換える、もっと高度な部分では高速なアルゴリズムを考え出す、昔の人はそういうところに悦びを感じていたのでした。

 ソートのアルゴリズムなんかその代表格だと思いますし、当時は浮動小数点演算プロセッサなんかありませんでしたから、実数演算が必要な場合は、それをどうにかして整数演算に変更するなんていう、涙ぐましい努力があったのです。

 今では高速なCPU・浮動小数点演算プロセッサ・大容量のメモリーがありますから、こういう細かいことは忘れられつつあるように思います。その結果があの大きくてのろまなOSやアプリケーションのような気もしますが・・・。一方では、データをケチりすぎたために、最近になって「2000年問題」なんていうのも浮上していますが。

 現在の技術で、性能を変えずにMZ-80K2Eを作り直せば、ものすごく低消費電力なものができるはずです。単3乾電池4本で1週間くらいはもつかもしれません。まあ、さすがに現在となってはこれでは力不足でしょうけど、今のマシンを見ていると、オーバースペックのような気がしてならないです。

 でもOSはそれだけのパワーを必要としている・・・新しい機能を盛り込むためにはこれだけのパワーが必要なのだ、と言う人は、試しに今、Windows 3.1を立ち上げてごらんなさいな、めちゃくちゃ速いから(爆)。それだけWindows 95が無駄遣いをしているということです。

 CPUのクロックを半分にすれば、CPUの消費電力は半分になります。メモリの容量を半分にすれば、メモリの消費電力も半分になります。二酸化炭素の削減が叫ばれている昨今、Directなんちゃらとか、Activeなんちゃらとかいう部分より、もっとこういうところに技術を投入するべきでは?

ディスプレイとキーボード ↑戻 ★

 ディスプレイは白黒の40文字X25行のCRTが本体に付いていました。MZ-80K2Eは白黒ですが、ファミリーの中にはグリーンディスプレイもあった(MZ-80Cだったかな?)と記憶しています。MZ-80K系の文字は1キャラクタ8X8ピクセルでしたから、ピクセル数で表すと320X200ピクセルです。ただし、このピクセル数でグラフィック描画ができるというわけではありません。

 当時の主流はPC-8001なども含めて、カラー80文字X25行が多く、白黒で横40文字のMZ-80K系はちょっと物足りなさを感じたものでした。ただし、カラー表示できる機種でも、実際にカラー表示をするためには本体と同じくらいの値段のカラーモニターを買わなければなりませんでしたけど。MZでもI/Oボックスと専用のカラーグラフィックユニットを買えば、外部モニターにカラー表示ができましたが、お値段が・・・。でも憧れだったなぁ。

 ちなみに、文字数の方はMZ-80B系で横80文字となり、320X200のグラフィック表示が可能になりました。グラフィックはMZ-2000でオプションとなりましたが、640X200の表示が可能になり、さらにG-RAMを増設すればカラーも可能となりました。このレベルのグラフィックになるとPC-8001では無理で、K系と同時代だとBASIC Master Level III、B系と同時代だとPC-8801以降かな?

All characters of MZ-80K2E
MZ-80K2Eが表示できる全キャラクタ。英小文字がないことに注目。その代わりトランプのマーク・人間・UFO・ニコちゃんマークなど、ゲームを意識したキャラクターが多い。曜日などの漢字や回路記号の一部も含まれている。一番下の16個は疑似グラフィックを実現するためのキャラクタ。

 で、MZ-80K系のグラフィックは、16個のキャラクタを利用した横80X縦50ドットの疑似グラフィックです。BASICにはSET/RESETという命令がありましたが、最終的にはキャラクタとして書き出されるため、他のキャラクタとの同居は不可です。しかも、ドットとドットの間に隙間があくのだな。かなりみっともないかも。それでも、直線や円の描画のアルゴリズムの勉強には使ったなぁ。

 MZ-80K系の表示機能自体は40文字X25行ですが、同期信号と表示信号は分かれたままディスプレイ部へ送られていたので、同期系のクロックはそのままにして表示系のクロックだけを倍にするとお手軽に横方向の解像度が倍になります(文字数はもっと派手な改造をしないと倍にはなりません)。ちゃんとD/Aを入れると多階調表示になったかもしれませんし、垂直・水平同期周波数をいぢれば400ライン表示も可能だったかもしれません(趣味の範囲を超えるな、ここまで来ると)。

 ディスプレイ部にはスピーカーも内蔵されていて、スピーカーのボリュームがディスプレイ部背面についています。本体を「ぱか」っと開けると上側にディスプレイ基板がむき出しの状態で見えるため、間違って触ろうものなら「パチィッ」っと来たものです。高圧が弱い(画面を全面白ベタで塗ると分かる)ので、感電死するほどのショックではなかったのですが。

 キーボードは平安京のような方形配列です。配列自体はQWERTY配列なので、タッチタイプもそんなに違和感なくできます。最下列がちょっと特殊ですが、慣れればどってことないです。[DEL]も[SPACE]も[CR]も、私ゃ見ないで打ってました。右側の青い部分はグラフィックキャラクタ入力用ですが、絵心のない私はあまり使わなかったなぁ。強いて言えば雑誌に載ったプログラムを入力する時くらいか。

MZ-80K2E keyboard
特徴のあるキーボード。拡大図。こちらは雰囲気はK2の図。配色は想像であり、正しいとは限らないので注意。

 キートップの文字は、左下が通常時、右下がカナロック時、上が[SHIFT]押下時のものです。アルファベットのキーにも[SHIFT]押下時に入力される記号が書かれていますが、これでは[SHIFT]による英大文字・小文字の切り替えはできませんね。そう、MZ-80K系では英小文字は使用できないのです。キーボードにないだけではなく、アスキーコードにも、ディスプレイコードにも、そしてもちろんキャラクタジェネレーターに入ってないので、無改造ではどうあがいても表示できません。従って、「m(..)m」という顔文字は、「M(..)M」という、異様に肩肘を張った表示になります(笑)。

 この「小文字が使えない」という仕様は、(当時)日本ソフトバンクのOh!MZ誌で掲載されていた全機種共通システムS-OSシリーズで、文字コードの変換やファイル名比較をする時にもかなり問題になっていたようです。その代わり、ハートスペード人間マークへび などのキャラクタが豊富なので、ゲームを作る時には便利でしたが。

外部記憶・他 ↑戻 ★

 標準装備の外部記憶装置としてカセットテープが付いていました。当時はプログラムやデータはカセットテープに記録するのが主流で、一部のブルジョアたちがフロッピーディスクを使っている程度でした。MZ-80K系のカセットテープは1200bpsで記録ができます。当時は、例えばPC-8001などは600bpsだったため、1200bpsといえば速い部類に入ります。当時はbpsではなくて、ボー(baud)と呼んでいました。bpsとbaudは正確には意味が違うのですが、1シンボル1ビットで記録していたので、bpsとbaudは同じ値になります。

 ちなみに、MZ-80B系は2000bpsに速度がアップしていて、X1シリーズではさらに速く、2700bpsになっています。この高速性が災いして、FDの普及が遅れたんじゃないかと揶揄されたほどです・・・あ、石を投げないように。

 MZシリーズは伝統的にROMにBASICが載っていませんでした。っていうと「何それ?」と言われそうですが、当時のパソコンはROMにBIOSだけじゃなくてBASICも載っていて、外部記憶装置を用意しなくても電源ONでBASICが立ち上がるようになっていたのです。それに対して、MZシリーズは電源を入れるとBIOSが起動する「だけ」。カセットかフロッピーからOSの類を読み込ませてやらないとほとんど使い物になりませんでした・・・っていうのは、ハードディスクとカセットの違いがあるとは言え、今のPCでも同じですね。

 そんなわけで、MZシリーズでは電源を入れるごとにカセットテープからBASICを読み込ませねばならないのでした。サイズは16KB程度ありましたから、読み込みに2分以上かかりました。Windowsも真っ青です(笑)。もっとも、Windowsが真っ青になるのは何か問題が起きたときですけど(爆)。その代わり、BASICを使わなければ、BASICがあった部分はまるまるユーザーが使えます(マシン語モニタ程度はロードしないといけませんが)。「電源を入れたときにはメモリはまっさらである」ということで、シャープはMZのことを「クリーンコンピュータ」と呼んでいました。

 ソフトウェアとしては、Z80 2MHzのMZ-80K2EでZ80 4MHzのPC-8001と同じくらいの速度が出ると言われていたBASIC SP-5030が標準で添付されており、マシン語モニタSP-2001、他にアセンブラ、PASCALなども純正品で発売されていました。PASCALはひょんな事から友人が入手してきたものを使ったことがありますが、ちょっと方言がきつかったものの、結構使えました(笑)。ハドソンソフトからはHu-BASICなどのマニア心をくすぐるBASICも出ていました。そう、ハドソンは昔は堅いソフトハウスだったのです(?)。

 他に特筆すべき機能としては、当時のPCとしてはめずらしく、音楽機能が付いていました。PC-8001がビープだけだったのに対し、単音とは言え、BIOSやBASICから3オクターブの範囲で音楽を演奏できました。ハードウェア的にはインターバルタイマーの分周比を切り替えるという方式だったので、高域で音痴になるのを我慢すれば、もうちょっと広いオクターブ範囲で音楽を演奏できました。

I/OボックスプリンタI/F
 インターフェースボックス(左)の一番下に、プリンタインターフェースボード(右)が挿さっている。ちなみに、一番上に挿さっているのは自作のFDDインターフェース。プリンタI/Fのすぐ上に挿さっているのはやはり自作で256KB D-RAMカード。インターフェースボックスの後ろにはプリンタの箱が見える。ボックスの右横にMZ-80K2E本体が置いてあるが、側面にスピーカーの穴が見える。プリンタI/Fはなにやら白い線が2本飛んでいるが、これは自分で修理したあと。ICは全部標準TTL、基板は内層のないタダの両面基板だったので、こういう芸当ができたのだ。

 周辺機器としてはプリンタ・カラーモニタ・フロッピーディスクドライブなどが用意されていました。プリンタはMZ-80K4PとMZ-80KP5の二種類があり、MZ-80KP5(安い方)を持っていましたが、購入金額は忘れました。(^-^; もちろん白黒で、ドットインパクト式です。インクリボンをソレノイド駆動のワイヤで紙に打ち付けて点を打つスタイルで、うるさいことこの上ありません(笑)。ただ、ドットインパクト式はカーボン紙で複写が効く(インクジェットや感熱/熱転写、レーザーではこうはいきません)ので、今でも一部ではこの方式が使われているはずです。

 普段は1/6インチ改行しますが、グラフィックモード時は1/9インチ改行となり、この間に8ドット入っていましたので、解像度は縦方向72dpiです。横方向はもうちょっといい加減だった覚えがある。とりあえずPM-700Cの10分の1(笑)。当時はプリンタヘッドの解像度はワープロも含め、この程度でした。漢字を打ち出せるプリンタの場合、最初の頃は1/144インチ改行して二重打ちし、総合的に144dpiの解像度を得ていたはずです。残念ながらMZ-80KP5はこういう芸当はできなかったため、漢字の打ち出しはちょっと無理だったかな。

 プリンタは直接本体に接続するのではなく、まず本体にI/Oボックスを接続し、I/Oボックス内にプリンタインターフェースボードを入れ、インターフェースボードのコネクタにプリンタを接続します。ごちゃごちゃ言うより写真を見た方が早いでしょう。ちなみに、本体との間は50芯のフラットケーブルでつながっていました。このI/Oボックスにはいろいろなボードを挿す事ができます。純正品だとフロッピーディスクや、カラーモニタもI/Oボックス経由で接続することになります。が、どちらも値段が本体より高かったような気が・・・。

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